ゲーム交換日記
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(2004/03/04) 文責:陣内

今回はレスと雑談半々ぐらいを書きたいと思います。
 
>本来プレイヤーに参加している感を与えるのが選択肢の重要な役割
 これに関しては大いに賛成です。最近プレイしたゲーム侍(PS2)では、会話中に出てくる選択肢を選ぶ他にゲーム中いつでも持っている刀を抜くことができます。これはゲーム中では最も敵対的な選択肢として扱われ、その場で戦闘が始まったり、相手が逃げて行ったりします。
 
 いわゆる選択肢はゲーム中の決められたタイミング=選択肢が侮ヲされたとき=にしか選択できないものが多いですが、この刀を抜くという行為はプレイヤーが主体的に行動しているという実感を与えてくれます。同様のシステムではどきどきポヤッチオ(PS)で、手を上げて村人に挨拶する、というものもありました。それによって侍ほど劇的にストーリーが変化することはないのですが、ゲームで自分から何かできるのが嬉しくて、ついつい何度も手を上げて村人を呼び止めてしまうのです。
 
 今回は「ゲームの話をする話」です。私と姑獲鳥氏がゲームの話をすると、たしかにゲームのシステムや操作性といったような、国「の話に終止してしまうきらいはありますね。ゲームのストーリーが良かった、音楽が良かった、グラフィックが……などという話はあまりしないですし、しても盛り上がらない気がします。読み込み時間が短いのがいい、ボス前にセーブポイントがないのは、この操作はR1ボタンだから、という類の話なら割と盛り上がるのですけどね。何故でしょう。何故なんですか?(笑)
 
 私の側からの理由としては、私はなにか面白いゲームがあったとして、その中に普遍的な要素を見出したいのではないかと思います。例えば「○×ボタンは上から下に押すもので、LRボタンは手前に引くものだから、これらのゲーム中での役割は大きく変えるべきである」などという命題を勝手に立ててしまいます。もしこれが正しければ、これは多くのゲームで共有することができます。
 
 ところが、ストーリーや音楽、グラフィックといった一種の技柏Eは、勿論それぞれの分野で基礎的な知識はあるでしょうが(起承転結とか和声の進行とか?)、それでいいものはどうやったら作れるのか、と聞かれても、素人の私には「神が降臨したときに作れます」としか答えようがないのです。単に「あのゲームはストーリーが良かったね」と言うことはできても、何故よかったかの説明がうまくできない。だからストーリーなどの話はあまりしないのだなと思いました。
 
 ということで、同じゲームをしているという共通体験は重要だなあと改めて思います。今なら白詰草話の話なら少しはできる気がしますからね。一周しかプレイしていませんが、ゲーム中にでてくる重要な計画2つ「エキストラ計画」「バベル計画」のうち、片方が最後の最後まで何の伏線もなしに最後にいきなり出てくるのはちょっといただけないなあ、と思いました。白詰草話に限らず、きっちりと伏線の張られてるゲームのストーリーって少ない気がするのですが、どうでしょうね。
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