ゲーム交換日記
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ゆみみみっくすREMIX (2004/01/16) 文責:ウブメ

 お返事するのが非常に遅れて垂オ訳ない、ウブメです。HPも移転告知を行い、ようやく落ち着いてきたのでこれからは交換日記のペースも上がると思います。
 
白詰草話を、早速プレイしてきました。有言実行。(笑)
 実は私もこの年末年始に白詰草話を薬部氏から借りたのですが、まだプレイしていません。その代わりに、という訳でもないのですが、(単に衝動買いしただけなので〜)今のノベルゲームの阜サ方法に繋がる先駆けとなったゲーム、ゆみみみっくすREMIX(SS)を当時を思い出しながら再プレイ中です。
 
 このゲームは、10年以上前にMEGA−CDというハードで発売されたゲームの移植版なのですが、自らジャンルをインタラクティブコミックと名乗っているだけの事はあって、選択肢以外に文字は一切侮ヲされず、全画面のイラストとアニメーションと音声のみで進行する、当時のアドベンチャーゲームのワンパターンさに食傷気味だった私にとってはとても印象深いゲームでした。
 
 私のノベルゲーム絵本説は、多分このゲームをプレイした経験が大きかったのだと思います。書いている時には全然気付かなかったのですけどね。このゲームをプレイするまでは、白詰草話のパッケージを見ながら、スカイガンナー(PS2)のステージ間デモみたいなものかな、と思っていましたし。
 
>私が書いているのは「ゲームシステムの中での選択肢」というで、ウブメさんが書いているのは「阜サ方法としての選択肢」なのかな、とも思いましたがどうなのでしょう。
 うーん、どうなのでしょうねぇ。私は、陣内氏の言う選択肢の仕事、の概念を適用するならプリズマティカリゼーションの「はい/いいえ」は、それを選択する事によりフラグが立ち、後に侮ヲされる文章が変化するのだから選択肢なのではないかなぁ?と思ってしまいました。
 
 私は、ゲームに限らず何らかの作品を分析する時に、パーツそれぞれを独立で分析することをほとんど行いません。パーツそれぞれの出来よりも、全体としての出来が気になるからです。全体として人を楽しませたい、という想いで作られたのだろうな、という作品に対しては、どのように楽しませたい、というコンセプトがあって、それを実現するためにどのようにパーツが配置されているのだろう、という見方をします。
 
 だから、今話している選択肢、の話でもPrizmaticallizationというゲームの中の選択肢は、プレイヤーに何度も巡回したい、巡回することは楽しい、と思わせるためにどのような役割を担っているのだろう?と考えながら書いています。例えば、選択肢は文章の分量を増やしているのに過ぎないのなら、文章量を増やす事が面白さに繋がっているのだろうか?という見方をします。
 
 分かりやすく説明するために、具体例としてサクラ大戦シリーズと探偵神宮寺三郎シリーズを取り上げてみます。共に選択肢が内部パラメータを変化させる役割を担っていて、それにより文章量が増えています。しかし、サクラ大戦ではどのようにフラグが立ったのかをプレイヤーに知らせる効果音(SE)が鳴りますが、探偵神宮寺三郎シリーズでは鳴りません。だから、これらのシリーズにおける選択肢の役割は異なるのだ、という見方をするのです。
 
 このように、システムと阜サ方法を分けて考えない分、私の方が陣内氏よりも阜サ方法よりの視点で見ているとは言えるのではないか、と思います。
 
 さて、次回からはしばらく交換日記をお休みしていた薬部氏が復帰し、3人体制に戻ります。楽しみですね。

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