ゲーム交換日記
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弟切草 (2003/11/30) 文責:ウブメ

>もう少しノベルゲームも毛嫌いせずにやらないといけないなあ、と思うのでした。
 そうですね、私もあまりプレイしていないのに嫌っているところがあるので、もう少しプレイしないといけないですね。自分で日記書きながら、おお、これだとノベルゲームも面白そうじゃないか、なんて思ったりしましたし(笑)
 
>Prismaticallizationには選択肢は出てきません。
 そういえば、Prismaticallizationについては、こういう紹介よく聞きますね。でもこれってとても面白い阜サだと思いませんか?だって、Prismaticallizationには、『記憶しますか?』みたいなテキストと共に、 Yes/No が何度も侮ヲされますからね。これって明らかに’選択肢’な訳です。なのに、選択肢がない、と言われる。
 
 これってなんでだろう?ということを考えるために、今回の日記ではゲームにおける選択肢の役割について書きたいと思います。まず、結論を言ってしまうと、選択肢があるにも関らず、選択肢が無い、といわれるゲームは、他のゲームと比べて、選択肢の果たしている役割が異なるのだと思います。つまり、ゲームによって選択肢の存在意義は2つに分けられる、ってことですね。
 
 1つ目は、正しい方を選んだ事によるご褒美をプレイヤーに提供するもの。このような選択肢には、ゲームオーバーなど、プレイヤーに失敗した事を明確に知らせる要素が必要になります。つまり、プレイヤーに新たな時間をそのゲームに投資しようという気を起こさせるための工夫が必要なのですね。だってプレイヤーが正しい方を選択して、終了に向かって時間を進めようと思ってくれない限り、ゲームは進行しないのですから。
 
 2つ目は、選択肢があることはプレイヤーに理解はできるのだけど、それが正しいのかどうかは、分からなくても楽しくプレイできるもの。このような選択肢には、正しいかどうか分からない、というプレイヤーの不安と期待がそのままゲームとシンクロするような要素、あるいは、どっちを選んでも楽しい、と感じさせる要素が必要になります。つまり、プレイヤーにそのゲームをプレイしている時間自体が楽しい、と思わせる工夫が必要なのですね。だって、プレイヤーがそのゲーム世界の中にいること自体が楽しいと思う限り、終了は無いのですから。
 
 このように分類した場合、選択肢がある、といわれるゲームは、選択肢が1つ目の役割を担っているゲームのことを指します。例えば、一昔前のアドベンチャーゲームなどがそうですね。フラグを立てて物語を進める、というのは、選択肢が1つ目の役割を果たしているゲームだと言えるでしょう。
 
 一方、その他のゲーム、つまり2つ目の選択肢の役割が大きかったり、混ざったりしているゲームは選択肢がない、と言われるのでは無いでしょうか?例えば、どんなゲームなのか、については今日の日記で取り上げることにしましょう。

 さて、長〜い前置きでしたが、Prismaticallizationの選択肢について話しましょう。Prismaticallizationには選択肢は出てきません、といわれる理由はこのゲームにおけるYes/Noの選択肢がが2つ目の役割を担っているからだと思います。ひたすら循環する世界の中、キャラクターと共にプレイヤーもループするのですから、ゲーム内容とプレイヤーがシンクロするような要素が確かに存在していますね。
 
 でも、 ここからが、Prismaticallizationというゲームの面白いところなのですが、Prismaticallizationは世界の中にいること事自体が楽しいゲームではないですよね。あくまでも楽しいのは、循環する世界から抜け出す方法をプレイヤーが探す、つまり、正しい選択肢を選択しようとするところにあるのです。つまり、パズルゲームとしての側面があるわけですね。
 
 つまり、Prismaticallizationというゲームは選択肢に1つ目の役割を担わせているにも関らず、1つ目をサポートする要素が希薄で、2つ目をサポートする要素がふんだんに盛り込まれているゲームなのです。言わば、通常のゲームの方法論にのっとっていないゲームなのですね。
 
 このことが、良くも悪くもこのゲームが一般受けせず、客観的に見れば駄作だと言われる最大の理由でしょう。逆に、Prismaticallizationが好きで好きでたまらない人は、この独特の方法論でなければ作り上げる事ができなかったこのゲームの魅力に気付くまでプレイした人なんじゃないかな、と思います。そのような人にとって、Prismaticallizationに選択肢は出てこないことは説明するまでも無く当たり前のことで、そこがこのゲームの素晴らしいところだと私も思いますが、それだとPrismaticallizationがどのように特殊なゲームなのか、説明できないと思ったので、文章化してみました。
 
 さて、今日の日記で紹介する’選択肢がないと言われるゲーム’は弟切草(SFC)です。いきなりこう書くと、何を言い出すんだ、あれこそ選択肢だらけのゲームじゃないか、と言われそうですが、今日の日記をここまで読んで下さった人なら分かってもらえるのではないかな、と。もし、分からなかったら私の文章力不足、ということで’街’や’御神楽少女探偵団’などを思い浮かべて下さい(汗

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