ゲーム交換日記
2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
キノの旅 (2003/11/20) 文責:ウブメ

 とりあえず、話題を1つ1つ片付けていくこととしましょう。というわけで、今回はノベルゲームのお話を。
 
 陣内氏の結論では、小説一冊+音楽CDを購入せずに、ノベルゲーム1枚購入する時のノベルゲームの付加価値というものは 、小説、音楽単体では阜サできない所をノベルゲームとなった時に阜サしている所にあるのだ、ということのようですね。そして、その阜サ方法はもう完成しているのだ、と。
 
 これに対して、レスをつけながら僕の意見を書いてみよう、と思います。
 
>ノベルゲームにあって小説にないもの。それは、音楽と選択肢ですね。
 それに絵(画像)じゃないかな?小説の挿絵とは訳が違うと思います。と書いたところで、待てよ、絵本はどうだろう?なーんて思ってしまいました。
 
 絵本の文章ってとても簡素でいらない所が削り落とされてますよね。だから、文章だけ読んで、その世界を読者の想像力だけで補う事が難しいと思います。そもそも、文章だけで簡素に書けるなら、小説はもっと文字数少なくなっているわけで、それでは阜サできないことがあるから、小説の文字数はあれだけ多いわけですからね。絵本はその文字数を削った代わりに絵で阜サする、という手法を用いていると言えるのではないでしょうか。
 
 だから、絵のない絵本って多分面白くないと思います。で、これをノベルゲームに当てはめてみる、ってのはどうでしょう?小説より絵本の方が説明としてしっくりする気がします。絵本に絵がなくてはならないように、ノベルゲームには音楽や画像がなくてはならないのだ、と。
 
 ところが、この説明だとちょっと困った事態が発生します。そう、陣内氏がテキストの分量を増やしているだけだと言っていた選択肢、ですね。絵で補完しているくせに、何でテキスト量を増やす必要があるのだ??という話がここで出てくるわけです。

 これを説明するためには、陣内氏の書いていた前提を全部ひっくり返す必要があります。何をひっくり返すか?というと本質的な部分(文章があって、挿絵がある)、という部分。これを、ノベルゲームの本質的な部分は挿絵があって、文章があるとしたらどうでしょう?

 つまり、ノベルゲームは、挿絵や音楽で阜サしたいのだけど、それだけじゃ阜サできない部分があるから、テキストで補っている のではないか?ということですね。

   だから、
   登場人物のバストアップの絵などは、絵で阜サする上で必要だからこまめに切り替わる。
   登場人物の台詞はテキストを読まなくても良いように、音声が入る。
   テキストボックスを含めた全画面を1つの絵としてとらえるから、テキストボックスに工夫がこらされる。
   文章は絵や音楽ほど情報量が多くないから、小説の挿絵の役割をするための文章量が多くなる。
   絵や音楽の切り替えによる阜サを存分に楽しんでもらうために、ボタンを押さなくてもゲームが進む。

 ならば、選択肢はテキストの分量を増やしているだけではなく、絵や音楽の分量を増やしている、といえるのではないでしょうか?逆に言えば、絵や音楽の分量が増えない選択肢はノベルゲームに必要ない。「この選択肢意味がない」とノベルゲームのプレイヤーが感じるのは、ストーリーに影響を与えていない選択肢よりもむしろ、どっちを選んでも絵も音楽も変化しない選択肢に出会ったときだと思います。

 あ、決してテキストいらない、とか言っている訳ではないですからね。絵や音楽などの阜サ方法に合わせて、テキストの書き方や見せ方を考えるのがノベルゲームなのではないか?と言いたい訳で。絵と音楽だけでいいなら、アニメで阜サしたら良いわけですからね。ノベルゲームにおいてテキストは重要なのだけど、絵や音楽に合っていてこそ価値があるのだ、と言いたいわけです。

 だから、ノベルゲームの阜サ方法の進化というのは、絵や音楽の阜サ方法の変化に合わせてテキストをどのように合わせていくか?という所にあると思うのです。今、選択肢で文字しか見せないのは、絵を見せて選ばせるより何かしら効果的だと製作者が思っているからでしょう。阜サ上上手い方法があれば、選択肢だって絵になるのかもしれません。

 というわけで。私としては、ノベルゲームの阜サ方法は絵や音楽の見せ方が変わっていく以上、進化し続けるのではないか、と思うのですがどうでしょう?
 
 さて、今日のお題のキノの旅(PS2)について。これは電撃文庫の小説、「キノの旅」という作品をノベルゲーム化したものです。このゲームが今回の話題に非常に合っていたので、紹介する事にしました。まず、結論から言ってしまいますが、ノベルゲームとしてはこの作品は失敗作だと思います。
 
 なぜなら、小説の文章をそのままテキストとしてコピペしてあるだけだから。テキストに対してなされている工夫は、音声で全て朗読してくれるので、消してプレイする事もできる、というだけです。これだと小説+音楽CDの方が得だなぁと思ってしまいます。
 
 キノの旅という作品自体を文庫で読んだ時には、特に嫌いでも好きでもなかった私ですが、このゲームをプレイするなら小説を読むことをお勧めしてしまいます。それは原作つきの宿命だ、ということもできるのかもしれませんが、小説とノベルゲームの決定的な違いを製作者が知らなかった事が、ノベルゲームとして見た時にこのゲームが駄作となってしまった最大の原因だと思います。
 
 絵や音楽というパーツそれぞれはとても良い出来なのですよ、だってこのゲームのオープニングは私大好きですから。ただ、絵や音楽による阜サ方法の工夫が足りず、それにテキストを上手く融合させることができなかった、と言えばこのゲームが駄作になってしまった理由を一番上手く説明できている気がしたので、ここで紹介しました。

次の日記を読む
一覧に戻る